darupen_darupenがただ好きなモノを語るだけのブログ(darupen_darupenがただコレクションを羅列するだけのブログ、改題)

当方が愛するこもごもをランダム且つ気まぐれに電脳の海の片隅でひっそりご紹介。のはずが何か違う。

俳優久保和彦氏。第四十一部(宇宙刑事シャイダー第13話台本)

 

此れが電脳の海に出現した際は、本気で給料全突っ込みする構えで撃墜に挑んだ。何しろ初の久保氏素面回。小学校高学年女児の性癖に多大なる影響を与え給うた神の筆を、何としても見てみたかったのである。

あんまりに気負い過ぎて、レジェンドスタッフ國米修市氏から注意喚起のコメをTwitterにて頂いたほどである。(※1)

現物受領→読了。

何と一言一句違わず台本通りに演じておられると判明。つまり、久保氏は台本を頭に叩っ込んで緻密に演じるタイプ、なのだ。(※2)

この様相だと、#28クライマックス、「蜘蛛は、嫌いだ」の演出も、言われた通りにこなされたのであろうなあ、と。(※3)

 

※1/

昔の台本、のオークションには本物からコピー、製本し直した偽物が確実に存在しています。 ファンに見せてもらったことがありますが、中のページに書き込みがあるのに表に持ち主の名前がない物。 使ったはずなのに綺麗すぎる。 両方だったら、ほぼ偽物だと思います。 注意して下さい。
 
※2/まあ出自が舞台のモブ一括引き受けである。要らんアドリブを突っ込んで作品を台無しにするわけにはいかん立ち位置でやってきた役者なのだから、全く不思議もなく、生真面目な雰囲気なのも多分この辺に端緒が有りそうである。
 
※3/此の回もまた、御自身が主役並みの回。何度見返しても、ヘスラー指揮官どのを掘り下げる絶好の好機。であれば、当該台詞は、脳筋脱却の最後の決め手として、冷たく言い放つ方が良かったのではないかと39年たった今も思うのである。
 
 

 

 

 

 

俳優久保和彦氏。第四十部(東芝日曜劇場紹介記事現物)

以前、国会図書館からコピーを取り寄せるのに右往左往した「東芝日曜劇場精霊ながし」の現物が、漸く出現したので撃墜。

普段アイドルやら役者やらのショットを表紙にしているのに、此の号だけ洋画メインである。だからコレクターが保管してないのだ。現存数が相対的に少ない。なるほどなかなかお目にかかれぬ道理である。(※1)

紹介記事本文と掲載スチールはコピーにて把握済みであったのでインパクトは低めであったが、テレビ欄が!此れは盲点であった。やはり現物の確保は大事、と思うなど。(※2)

 

※1/拙ブログにて何度言及したか知れんが、ここにもタイミングの悪さが。放映が此の一週前か後であれば、多分もっと早く市場流通している。

※2/デジタルによるデータ保管は、アナログあってこそ有用なのである。現物こそがコレクションには第一義。

 

たかがマジックで書いた文字。

自分の中だけで消化するだけの胆力はもうあたしにはない。まあ此のサイトは不特定多数に開かれているとはいえ、チラ裏みたいなもんである。此処に吐き出す。(※1)

 

電脳の海に久保和彦氏の直筆サイン画像降臨。ツイ主様は処分をお考えであるが、状態が悪いため断念された由。

 

事実は、此れだけである。

 

勁文社大百科のプレゼント企画があったぐらいだから、当時のサインが現存しているのは何もおかしくはない。そして、そのサインの所有者がそれを処分なさるもなさらぬも自由。なんならフリスビーにしたって誰に文句を言われる筋合いもないのである。

なのに当方の心情の乱れぶりと言ったら目を覆わんばかりの惨状である。人のものは人のもの、我が物にはならんと言うに。

そもそも何でそんなショックを受けているのか。

ひとえに売るならあたしに売ってくれ、の一点に集約される(※2)のであろうが、どうも、それだけではないのである。

此のサイン。ファンレターのお返事にて落手と、明言されている。どうも此の点が、あたしを打ちのめしたらしい。

当時、あたしがもっと機転の利く小学生であれば、こんな馬鹿げた思いをせずとも、サインを入手出来ていたのだ、と言うことを自覚してしまったのだ。

結局のところ己の不徳。こんな形で自分の阿呆ぶりを突きつけられるなど、あたしのような自己肯定感低い民にはあまりにも厳しき御沙汰、なのである。

いやしかしそれにしても。

達筆でいらっしゃる上に、多分ものすごい気ぃ遣いやわ。(※3)

※1/電脳の海は、広い。その片隅ぐらいはあたしの好きにさせて欲しい、が。ダメなら深く静かに潜行一択。

※2/他に載せてらしたサインもとんでもないお宝ばかりであるが、他は要らん。

※3/字がお綺麗+ファンレター返事に主役二人のサインを寄せ書きと言う神対応

 

 

 

 

俳優久保和彦氏。第三十九部(ショートアイズ台本)

 

まあ此処まで手に入るのは予想外であった。此れでデビュー作についてはパンフ、ポスター、台本まで揃った。(※1)

取り敢えず一読してみたが、なるほど此れは重い。

人種差別に特殊性癖に私的制裁に自己保身にと、問題提起てんこ盛りである。(※2)

なるほど此れがデビューでは、演劇の社会的役割云々考えもしようと言うものだ。

難しい演劇論は、その道の賢明なる諸兄にお委せする。あたし如きにそんなことを論じる知識はない。

目下の懸念は、結局久保氏の役名が分からない、と言う一点である。(※3)

 

※1/あとは舞台写真だが、もう此れはまず出ては来ない。頒布があったかどうかも定かではないのである。

※2/白人に黒人、アメリカンにプエルトリカン、同性愛に小児性愛、我が子を異常性愛者に殺された看守、見当違いの復讐を闇に葬る上層部。

※3/台本→ブリニカ。パンフ→ブランカ。五十年史→ピーター。

 

昨日は、久保和彦氏のお誕生日。

今年も無事にお祝いできたことを、ただ、嬉しく思う。

今年はご本人が画像とは言えネットの海に降臨なさり、最早これ以上は望むまい、と自己を戒めざるを得ないほどの幸福であった。

また来年も、願わくば、密やかに、お祝いだけは。あとは何も望みますまい。

 

久保和彦氏、68歳お誕生日おめでとうございます。

 

まずったな。

花見のお写真を見る限り、どんなお仕事をなさっていらしたか分からないが、あの感じだと人の前に出るお仕事な気がする。んでしかも、zoomで飲み会してらして、グループライン内では1位の書き込み率を誇るなら、高齢者としては相当にデジタルに明るい。

エゴサなさらないがゆえに表に出ない、等と戯けたことを言っていた己は大うつけである。多分普通にやっとるわ。

と、なれば。

可能性が低くても。

此処をご覧になっていたかもしれん、のだ。

血の気が引いた。

此れは、やらかした、か?

本物の威力

いやはや今更ながらとんでもない。

ブラウン管でお見かけしてから以来39年、手に入るのはシャイダー関連か文学座関連であるから、88年12月以降の久保和彦氏は供給がなかったわけで、其処を力技で補完していたのが拙い落書きだったのである。恥ずかしながらマジで39年描き続けている。

その39年分のリビドーを、たった4枚のお写真で、ホントに数分で、いとも簡単に昇華させてしまう本物の威力よ。

何を描こうが本物には敵わない。全ては花見のお写真で事足りる。

今や、自分には落書きをする意味すらなくなったのである。ファンだと公言する意味も、多分ない。黙ってお姿を見ていればもうそれで良い。

モチベがフラットになる感覚は、人生で初めてなだけに、少し、もて余している。